東京高等裁判所 昭和63年(行ス)2号 決定 1988年3月30日
抗告人
医療法人社団亮正会
代表者理事
加藤信夫
代理人弁護士
中町誠
相手方
神奈川県地方労働委員会
代表者会長
秋田成就
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりであるが、当裁判所も、抗告人の本件異議申立ては失当としてこれを棄却すべきものと判断するものであって、その理由は、原決定の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。
よって、原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用を抗告人に負担させることとして、主分のとおり決定する。
(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 仙田富士夫 裁判官 市川賴明)
抗告の趣旨
原決定を取り消す。
弁護士大村武雄は本件につき、弁護士の職務として相手方の訴訟代理をしてはならない。
抗告費用は相手方の負担とする。
抗告の理由
一、原決定の趣旨
原告(抗告人)の異議申立を棄却する。
二、原決定の違法性
原決定は、弁護士法第二五条四号の解釈及び適用を誤っている。以下分説する。
(一) 本件の事実が、弁護士法二五条四号に該当することは、文理上、明白で争う余地がない。
過去において、「職務上取り扱った」か否かが争われ、右に該当するというためには、当該事案の実質に関与する程度のものを要し、その地位が低く単なる機械的形式労務として取り扱ったものは包含しないと解する裁判例がいくつか存し、学説によって「本号が置かれている趣旨からは、その適用はかなり厳格にすべきものであり、何らかの形で本人の意思がその事案の処理に関連をもった場合はもちろん、事案処理の内情を知りうる地位にあった場合もこれに含まれるものと解するのが弁護士の職責の公正を保つ意味において相当と思料される。」(福原忠男著〔特別法コンメンタール〕「弁護士法」一三八頁第一法規出版)と批判を受けている。
しかるに、本件においては、原決定も認めるごとく、大村弁護士は、抗告人に関する当該不当労働行為申立事件の合議に関与しているのであるから、仮に前記裁判例の立場をとったとしても、当該事案の実質そのものに関与したことは多言を要せず、「職務上取り扱った」ことは異論の余地がないのである。
(二) 原決定は、右禁止規定に「形式的には」「抵触」することを肯定しながら、立法の趣旨、目的に照らして、結論として本件の同法条該当性を否定している。
しかし、かくのごとく文理解釈上明確で疑いを容れない本件について、原決定の如き、いわば「目的論的解釈」を行う余地はなく、原決定のいうところは解釈論を逸脱した、立法論にすぎないものである。
弁護士法自体、その違反についてはあるいは刑罰の問題(同法七五条以下)、あるいは、懲戒の問題(同法五六条以下)が生じる。
従って、その文理と乖離した解釈の結果、弁護士法の規制(犯罪、懲戒構成要件)が曖昧なものとなるときは、いかなる行為が犯罪・懲戒事由となり、いかなる刑罰・懲戒処分が科せられるものであるかを予め弁護士に告知することによって、弁護士の行為の準則を明らかにし、弁護士の活動・行為選択を不当に制約・難渋させない要請(罪刑法定主義の要請)を全く害する結果に至る。
換言すれば、原決定のような文理に明らかに反した「不明確な限定解釈は、かえって犯罪構成要件の保障的機能を失わせることになり、その明確性を要請する憲法三一条に違反する疑いすら存する」のである。
(全農林事件・最大判昭和四八年四月二五日刑集二七巻四号五四七頁多数意見及び岸・天野追加補足意見御参照。)
(三) 尚、本件ケースについては、既に最高裁判例解説(民事編)四二年度九八頁において、矢野調査官が最高裁の見解について、「最高裁昭和二九年六月一五日判決との関係であるが、選挙管理委員会を当事者とする訴訟について、委員長が地方自治法に基づき自己の臨時代理者として訴訟行為を行うことを委員に委任したときは、たとえその委員が弁護士であったとしても、その者の行為は弁護士の職務を行ったことにはならず、弁護士法二五条の適用はないわけであり、既述の判決はこの場合に関する。これに反し、委員長が弁護士に訴訟代理を委嘱したときは、その弁護士が委員であっても、同人の訴訟行為は弁護士の職務を行うことになり、上掲の上告判決の判旨はこれに適用されることになろう。結局委員長の委任の趣旨いかんにより、委員たる弁護士の訴訟行為に前記二五条四号の適用の有無が決まるわけである。」と明確にその該当性が肯定されることを解説されていることを付言する。
(四) 原決定は、本号の趣旨として抗告人が指摘した、公職にあって処理した事件について弁護士が訴訟代理した場合、自己が処理した事件であることにこだわって、弁護士の職務に無理が生ずる点を、本号の「実質的根拠」でないと排斥するが、全くの独断と言う他ない。
右点が、本号の趣旨に含まれることは、既に前掲最高裁判例解説(民事編)四二年度版九七頁に明確に指摘があり、更に、京都地決昭和五一年九月九日判例タイムズ三五一号三四〇頁もこれを明示するところである。
本件においても、自ら不当労働行為成立を認め、救済命令を発した公益委員が、本訴において弁護士としての職務を遂行中、仮に不当労働行為不成立の心証を持つに至ったとしても、あえて自らの過去の判断の誤りを認めまいとして、不成立に関する立証をあえて避ける(使用者側の該立証を制約、妨害し、あるいは無理に反駁する)事態が生じないとは断言できない。
こうした事態は、弁護士法二五条四号の一方の目的である弁護士の品位の保持を危ういものとし、他方の目的である当事者(本件では使用者)の利益を損なうことは明白であり、まさに同号によって予め規制の対象とすべき事柄なのである。
原決定が、右主張を排斥する「弁護士の職業倫理から考えて、かような事態が生ずることが多いとは解されず」との理由は、全く理解不能である。
通常の弁護士の職業倫理からすれば、そもそも弁護士法第二五条各号が生ずること自体が稀なのである。しかし、万が一にも、そういう事態が生じた場合、弁護士に対する信頼・信用の失墜が著しいからこそ、同条の各号の禁止規定が設けられているのである。
従って、前記のような事態が生ずる可能性の大小ではなく、万一該事態が生じた場合の弁護士の品位と信頼の失墜の度合こそが本規定の趣旨を考える際決め手となるのであって、原決定は、その点を全くとりちがえているとしか思えない。
(尚、原決定の立場によると、相手方が、本事態の極端な場合としてとりあげた、自ら有罪判決を言渡した裁判官が弁護士となった時に、無罪の心証を持ちつつも、自らの判断の誤りを認めまいとして、無罪立証をあえて避ける事態も、本号の規制外という不合理な結果になる。)
(五) 報酬の二重取りの点の原決定の判断も全く承服し難い。
右の点の問題は現実に二重取りがあったか否かではなく、第三者が、本事態を見て報酬の二重取りがあるかの如き誤解を生み、弁護士の信用を損なうおそれが多い点に存するのであって、この点に着目して一律に疑わしい行為を禁止したのが、本号の趣旨と考えるべきである。(いわば「李下に冠を正さず」の趣旨を徹底し、弁護士の職務の公正らしさを担保する。)
従って、原決定は右の点を全く見落としている。
(六) 以上の通り、大村弁護士の訴訟代理を認めた原決定は、弁護士法第二五条四号の解釈と適用を誤ったことは明白であるから、本抗告をなし、抗告の趣旨記載の裁判を求める次第である。